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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1448号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決

二、被控訴人ら

控訴棄却の判決。

第二、当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、被控訴人において、別紙控訴人主張「一」、「二」に対し別紙被控訴人らの主張「一」、「二」のとおり述べ、乙第三号証、第六号証の原本の存在及びその成立を認め、第四号証の原本の存在及び郵便官署作成部分の成立は認めるが、その余の成立は不知、第五号証の原本の存在及びその成立は不知と述べ、控訴人において、別紙控訴人の主張「一」のとおり述べ、別紙被控訴人らの主張「一」に対し別紙控訴人の主張「二」のように述べ、乙第三号ないし第六号証(いずれも写し)を提出したほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書六枚目表四行目中「弁護法」を「弁護士法」に、同六行目中「一〇日」を「一〇月」に、同七行目中「ユキ」を「トヨ」に改め、同裏一〇行目中「原告」の次に「丹羽利邦」を加える。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所は、次につけ加えるほか、原判決と同じ理由で、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求を正当として認容すべきものと判断するので、原判決の理由(ただし、原判決書九枚目表末行目中「二(一)及び(三)」を「三(一)及び(三)」と改める。)をここに引用する。

(一)  控訴人は、原裁判所が控訴人の正当な理由に基づく口頭弁論延期願を無視して、弁論を終結し判決を言い渡したのは不当であると主張(別紙控訴人の主張一の(一)及び二の(一))するけれども、記録によると、原審において弁論が終結された昭和四七年四月一八日の第四回口頭弁論期日には控訴人が出頭していること、その後控訴人は二回にわたり病気を理由に昭和四七年五月三〇日の判決言渡期日につき「出頭延期願」と題する書面を提出し該期日の延期を申し出たことが認められ原裁判所は控訴人の延期申請を無視して弁論を終結したものではないし、また判決言渡期日は当事者が期日に出頭することを要せず、単に該期日に出頭できないという理由では延期申請の正当な理由とはならないから、この点に関する控訴人の主張は理由がなく、そのほか記録を調べてみても、原審の訴訟手続には違法の点はみあたらない。

(二)  控訴人は、本訴請求の目的物は被相続人丹羽トヨの遺産の一部であり、その遺産分割については目下家庭裁判所で遺産分割審判手続中であるから、この分割手続から切り離して本訴請求の目的物のみを本訴で取り上げることは不当であると主張(別紙控訴人の主張一の(二)及び二の(二))するけれども、遺産分割の対象となる遺産に属すべきものであつても民事訴訟によりその権利義務を確定することはもとより妨げないものであるから控訴人の主張は理由がない。

(三)  控訴人は、被控訴人ら主張の本件土地に関する売買契約はその実質は担保契約であると主張(別紙控訴人の主張一の(三)及び二の(三))するけれども、丹羽トヨが第一審被告菅原梅子同松尾七郎に本件土地を代金六〇四万六、〇〇〇円で売り渡したことは前示引用の原判決認定のとおりであつて、右認定を覆するに足る証拠がないから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(四)  控訴人の弁護士法違反に関する主張(別紙控訴人の主張一の(四)及び二の(四))については、前示引用の原判決の説示するとおりであるほか、その主張の遺産分割手続において弁護士高梨克彦は丹羽利邦の代理人となつたのみで、控訴人の代理人となつたものでないから控訴人との間で弁護士法二五条三号に違反することはないので、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(五)  控訴人は被控訴人が原審でなした訴えの一部取下げについて同意していないから、控訴人に対し訴えの一部取下の効力を認めた原判決は不当であると主張(別紙控訴人の主張一の(五)及び二の(五))するけれども、記録によると右の訴えの一部取下の相手方には控訴人は含まれていないものであるから、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

控訴人のそのほかの主張についても、いずれもこれを採用することはできない。

したがつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。

別紙

被控訴人らの主張

一、(一) 控訴人主張の昭和四七年五月三〇日は、一審判決言渡期日であつて、仮りに言渡を延期されたいと控訴人が申立た事実があつても(被控訴人らはこの事実を知らない、)言渡期日を変更する必要がないのであるから、同日言渡をすることに何ら違法はない。

何故なら、訴一部取下の対象は被告菅原及び同松尾に対する請求に関係するものであつて、被告岡崎信子に対する訴とは無関係であるからである。

(二) 控訴人は、控訴人がトヨを扶養したから被控訴人らに対して不当利得返還請求権を有しているのに、この主張をとりあげなかつた原審は違法であると主張するようである。

しかし、被告岡崎に対する原告の登記請求は、被告菅原及び同松尾に代位して同被告らの被告岡崎に対する権利を行使するものである以上、被告岡崎が被告菅原及び同松尾に対して有する抗弁権でなければ主張しえないものである。

従つて、右被告岡崎の不当利得返還請求は原告らに対して行使されるべき性質(尤もその場合原告らはこれを否認する)のものであつて被告菅原及び同松尾に対する権利ではないから、原審がこの主張を法律上無意味のものとして処理したのは正当であつて何ら違法はない。

(三) 本件契約は公正でないとの主張について

売買契約書の記載(甲第一号証)において貸金を前提とする諸約定、例えば利息、弁済期などは存在しないこと及び原審各証人、本人の供述内容並びに控訴人が担保の趣旨と主張しながら基本債権の内容について何ら触れていない態度など綜合すれば、本件契約が通常の売買にして且つ妥当なものであることが窺える。

また、自ら登記に協力せず履行を延引しながら、その間に地価が昴騰したからといつてその不履行者側に代金増加請求権があるということは公平上許されないし、実定法上これを認める根拠もない。

(四) 弁護士法違反について

可分債権である金銭債権が当然相続人に分割承継されるから、これは遺産分割の審判の対象にならないとすることは、大審院以来最高裁判所にひきつがれた態度であり、本件当事者に関する遺産分割審判事件においても東京家裁はこの立場をとつたのであるから、少くとも弁護士法における信頼関係を問題にする場合には別事件と考えるのが妥当である。従つて弁護士法違反の主張を否定した原判決は正当である。

(五) 訴一部取下について

原告が訴一部取下については当該訴の相手方の訴訟代理人弁護士の同意をえていることは記録にある訴取下書の記載により明らかであるから、控訴人のこの点についての主張はその前提を欠くので理由がなく、原審の手続に何ら不備はない。

二、(一)の事実は否認する。

(三)の〈イ〉は否認する。

同〈ロ〉のうち菅原及び松尾は訴権を行使する意志のないことを原審法定において示したことは認めるのが、その余は否認する。

同〈ハ〉は否認する。

同〈ニ〉は控訴人が被控訴人らに対し契約破棄に同意するよう要求した事実は認め、その余は否認する

(四)は争う

ただし遺産分割調停申立書の遺産目録には表示したが審判の対象から除外された。

(五)は争う訴一部取下の対象に控訴人岡崎は含まれていない。

(二)は争う。

別紙

控訴人の主張

一、(一) 被控訴人の訴一部取下げ書及び第二回目の口頭弁論期日を昭和四七年五月三十日に延期変更する旨の呼出し状を昭和四七年五月二十二日に受領した。よつて控訴人は反論すべく準備書面及び書証等を準備中のところ弁論期日数日前に発熱病臥した。よつて、たゞちに医師の診断書を書留送付して内容証明郵便にて期日を二週間延期方を願い出た。しかるに控訴人欠席のまゝ第二回目にしか過ぎない口頭弁論を終結した判決は不当である。

(二) 控訴人岡崎は、被相続人丹羽トヨを十八年間銀行下級女事務員の収入によつて毎月壱万五千円より弐万円也の請求を受けて提供扶養した。被控訴人らの中三人はその間金弐千円を数回送つたに過ぎない。丹羽トヨの無収入期間は被控訴人の扶養義務違反、不当利得となり、丹羽トヨの有収入期間は被相続人丹羽トヨの不当利得となる。これら不当利得に対して控訴人は返還請求を行つているが無視している。家庭裁判所の遺産分割調停審判において、遺産の中よりこれら債務を、綜合的に審議清算すべきであると要求している。従つて控訴人は原審において遺産分割問題をさけたが、原判決は遺産分割に関与した。これら相続債務についてはそれぞれ別件提訴すべきであるとの意味に解されるが、仮差し押え等が伴つて裁判が複雑化する。この実務的な見地からも専門裁判官は、遺産分割に当つては相続債務を綜合的に清算分割すべきであるとの見解を述べている。(日野原昌・ジユリスト三三四―一二三)又多くの権威者も同様発表している。(我妻栄・相続法)

法が遺産の分割を家庭裁判所の審判事項と定めた注意を考え現に審判続行中であり且つ綜合的に進行しているので一部のみを取り上げている原審を第一審とすることは不当であり家庭裁判所が第一審であると主張する。よつて原判決は不当である。債務消算が先行すれば売買契約破棄同意権が消滅し契約破棄が有効となる。

(三) 土地売買契約書の売主丹羽トヨは契約当時病床にあり買主菅原梅子、松尾七郎は売主の実姉、実弟である。

医療費に窮していた売主は、肉身より援助融資を受けたもので、当売買契約は担保的な意味を持つ契約である。従つて公正な契約とは見なされない。よつて不動産公示価額制度及び不動産鑑定士の評価を利用した妥当な価額に増価要求する権利がある。控訴人は被控訴人に対し不当利得返還請求をしているので無関係ではない。被控訴人が、この増価要求権を放棄していることは不当である。

(四) 弁護士法違反について

家庭裁判所においては、相手方であるにも拘わらず、弁護士高梨克彦は当原審においては、その相手方より依頼を受けて代理人となつて遺産分割の一部先行を請求している。弁護士法第二十五条第三項では他の事件ですら禁止している、同一の一部分を相手方より委任を受けることは、言語同断的な禁止と見なされる。依頼人の同意のある場合、委任を受けて差しつかえないのは他の事件である。一部分はあくまでも一部であつて他ではない。一部分を含む限り同意のあるなしに拘わらず禁止されるべきである。弁護士法に違反しないという原判決は不当である。

(五) 訴の一部取り下げが被告(控訴人)が同意した場合か若しくは、三ケ月を経過した場合効力がある。被控訴人より訴の一部取り下げ書の発送期日より判決までは十日しか経過せず控訴人は同意していない。訴の一部取下げ効力がなしとは見なすことが出来ない原判決は不当である。

二、(一) 控訴人は口頭弁論延期を申請したのであつて判決言渡し期日を延期申請したのではない。訴一部取下げにおいて決定的明白な事実は被告岡崎信子が追加された事である。被告岡崎信子が唯一最大の関係者であつて岡崎が無関係であるとの答弁は失当である。従つて口頭弁論が通知され最大関係者として口頭弁論延期を申請したのである。

(二)((二)項に対する反論は後述)

(三) 本件契約は公正でないとの主張

〈イ〉 契約履行の先行責任契約不履行の債務は買主側にある事は原審判決において明示されている。控訴人を不履行呼ばわりする被控訴人の答弁は失当であると共に買主は、契約不履行の責めは負わねばならない。

〈ロ〉 買主、菅原及び同松尾は訴権を行使する意志のない事を原審法廷において示した。死の病床にあつて医療費に窮していた実姉に対して緊急融資したその実情において、法廷において争う事は親籍最年長者として情が許さないものと見做される。

〈ハ〉 原審法廷において買主代理人山田直大は、倍額とは言はないまでも多少の見舞金を出す用意があると発言した、従つて見舞金との名目で増額要求に応ずる意志を示している。

〈ニ〉 控訴人のなした契約解除は被控訴人の同意があれば成立し時価競売等によつて遺産分割分が増額可能である事が明白となつたので全員に契約破棄に同意する様要求した。即ちかく増価可能条件にあるにも拘わらず被控訴人は無視した。

勿論岡崎が自己取得できれば時価分との差額は不当利得返還請求分より減額する事は当然である。

以上によつて買主は増価に応ずる意志のある事、又可能条件にある事が明白にも拘わらず売主承継人として被控訴人らは答弁において拒否している。これは当世稀有の事例というべく感情に走つて冷静な判断を失つたと見做される。即ち債権受領を急ぐあまり債務を願望的無視して公正な判断力を失つたものと見做される。即ち遺産分割において債権債務を一斉に清算しなければならない理由があり、その弊害が顕示したものとみなされる。契約解除の場合も、勿論債権債務を一挙に一斉に清算を必要とする理由が存在する。

(四) 可分債権の金銭債権が遺産分割審判の対照にならない事があつたかもしれないが代理人高梨克彦は、東京家裁の遺産分割申請において、当該金五百四万六千円也の金銭債権の遺産分割を申立人丹羽利邦の代理人となつている。即ち代理人高梨は言行不一致である。少なくとも弁護士たるものは相手方より依頼を受けてはならないのは最低の常識である。

信頼関係を破らないどころか東京家裁の審判の公正を破壊し、当裁判の根底を覆滅している事は控訴人が実感している。弁護士法に違反するのみならず、最低の常識すら疑念を持つ。

他事ながら原審における訴訟価額について再度説明を求める。

(五) 訴一部取下げについては、

(一)項において既述の如く訴一部取下げにおいて決定的明白な差違は岡崎信子が追加された事である。唯一最大関係者である被告岡崎は同意していない。これは本人岡崎にとつては、裁判の推移に決定的要因を与えている。原審被告岡崎は訴訟代理人を一切委任していない。被控訴人は法令違反を犯している。

(二) 被控訴人らの遺産分割受領権について控訴人岡崎も分割分権利者の一人である。前述の如く当該土地売買契約の不履行責任は買主側にある事が原審において明示された。又増額要求権を放棄している事は不当であると主張している。

従つて控訴人岡崎は不当な損害を蒙むる事態になつている。従つて被控訴人らに対して請求権行使延期の権利を持つ。

被控訴人らが冷静な判断を持つならば、当然得べき利益もあり控訴人も利益を得る。控訴人・被控訴人らの交渉が必要となる。即ち債務を無視して債権受領を急ぐあまり、公正な判断を失つている。

遺産分割においては、債権、債務を一挙に清算すべきであるといふ日野原見解を主張するものであつて被控訴人の答弁は失当している。

金銭債権が遺産分割の審判の対照外とされるのは、債務がないのか、僅少の場合であつて、約十八年間の不当利得の返還債務の当該事件の場合は、適用すべきでなく、日野原論文に示す如く事例の提起が待たれていたものと見做される。

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